宮崎県は九州の南東に位置するが、縦に長く、県境はまるで脊梁のように山並が連なっている。南海岸部は亜熱帯植物がおおい、南国のイメージが濃い。これはこの日向の名に景行天皇が「直に日の出ずる方に向へり」といわれたことにもとづくといわれている。
古事記や日本書紀には、日向の神話は多種多彩であり、日向はまた大和と同様に古墳国であり、西都原を中心として県内には約2200の墳がある。
太陽のかがやくこの日向は日月神示には「日向とは、神を迎えることぞ、ひむかはその使いぞ。ひむかは神の使だから、九の道を早く開ひてくれよ。早う伝えてくれよ。ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ、この理をよく心得て間違ひないように伝へてくれよ。(上つ巻 第五帖)」とある。
そこでご神示の九の道とは何を云っておられるのであろうか?
これはおそらく、九州に秘められていた「日の出の太陽の道」のことではあるまいか、ご神示雨の巻 第十一帖に、「日の出の神様お出ましぞ、日の出はイであるぞ、イの出であるぞ、キの出であるぞ判りたか。
とあるごとく、九重山系の奥ふかき究極の次元に実在するイの生命の樹の道をイザナギ、イザナミのいとなみかよふ神州の正気をイブキすべきことが黙示されている。
つまりそこには、宇宙真中心の言霊パワーを開く絶好の磁場としての宮崎県の存在が示されていて、日本の新しい二十一世紀の進路を求める上において、なほざりにできない所であることがよく判るのである。